プレスリリース

2023年 7月18日

国立大学法人東京医科歯科大学
株式会社国際電気通信基礎技術研究所

「成人における睡眠の質改善を目的とした抱き枕型通信メディアを用いた呼吸法の効果」
― ランダム化比較試験 ―

【ポイント】
  • ロボット人間工学から開発された抱き枕型通信メディア「ハグビー®」を用いた就寝前の3分間の呼吸法を開発しました。
  • ハグビーを用いた就寝前の3分間の呼吸法により、睡眠の質が悪いと報告する外来患者の睡眠の質が著明に改善されることを明らかにしました。
  • 睡眠の問題を抱える成人に対する簡便な介入方法としての展開が期待できます。
 東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 国際健康推進医学分野の藤原武男教授と政策科学分野の土井理美助教の研究グループは、株式会社 国際電気通信基礎技術研究所との共同研究で、抱き枕型通信メディア「ハグビー®」を用いた就寝前の3分間の呼吸法によって、成人の睡眠の質が改善されることを明らかにしました。この研究は革新的自殺研究推進プログラム委託研究(令和3年度)の支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌Sleep and Breathingに、2023年7月10日にオンライン版で発表されました。
【研究の背景】
 日本の成人の約3割が睡眠の問題を抱えており、身体的・精神的健康に悪影響を及ぼすことがわかっています。睡眠の質を改善させる方法として薬物治療がありますが、副作用や薬への依存性などがあることから、薬物を使用しない心理的・行動的介入が第一選択として推奨されています。しかし、効果が示されている心理的・行動的介入は、介入を提供できる人が不足していたり、介入期間が長いために継続して介入を受け続けることが難しかったりと、限界があります。
 睡眠の質の改善に効果があるとされる呼吸法は、比較的簡単に個人でできる介入ですが、自分一人で続けなくてはならないこと、楽しさがないことから、睡眠の質が改善されるまで呼吸法を継続することが難しいという課題がありました。そこで、ロボット人間工学から開発された抱き枕型通信メディア「ハグビー®」を用いた就寝前の3分間の呼吸法を開発しました。高さ75cm、重さ600gのハグビーは、ポリスチレンミクロビースが充填され、スパンデックス繊維で覆われており、スマートフォンを収納できるサイドポケットが備えられています。スマートフォンからは、男性または女性の静かで心地よい声でガイドされる呼吸法(3秒息を吸い、1秒間息を止めて、4秒間息を吐く)が流れます(図1参照)。4週間の介入中は、研究チームがSNSを通して呼吸法を実践するよう、週に1回のリマインドメッセージを入れました。
 本研究では、睡眠の質が悪いと報告する外来患者71名を、毎日就寝前にハグビーを用いた3分間の呼吸法を4週間行う介入群(32名)と、何も行わない対照群(39名)にランダムに振り分け、介入によって睡眠の質が改善されるかどうかを検証しました。

図1:ハグビー®を用いた呼吸法
抱き枕型通信メディア「ハグビー®」の頭部にスマートフォンが挿入できるポケットがついている。3分間の呼吸法の音声ガイドをスマートフォンで流し、ハグビー®を抱きしめながら楽な姿勢で呼吸法を行う。
【研究成果の概要】
 研究に参加した外来患者のうち同意撤回をした4名を除いた67名(介入群:29名、対照群:38名)が解析対象となりました。ピッツバーグ睡眠質問票という睡眠障害の程度を評価するツール(PSQI)を使って、介入前、介入開始から2週間後、介入開始から4週間後に睡眠の問題を評価しました。
 統計解析の結果、対照群と比べて、介入群のPSQI合計得点が低下していることが示されました。PSQIには複数の下位項目がありますが、なかでも主観的な睡眠の質に関する得点が低下していました。つまり、ハグビーを用いた呼吸法によって、睡眠の質が著明に改善することが明らかになりました。また、睡眠改善の効果は、介入開始から2週間後にすでに現れていることも示されました(図2参照)。

図2:介入群および対照群におけるPSQIの変化

介入群(Intervention)と対照群(Control)において、ピッツバーグ睡眠質問票(PSQI)合計得点に、介入前、介入から2週間後、介入から4週間後で変化があるか検証した。その結果、介入開始から2週間後より、介入群のPSQI合計得点が対照群と比べて有意に減少し始め、4週間の介入が終わった後も有意に介入群のPSQI合計得点が減少していた。

 介入群におけるプログラムの遂行度を確認した結果、介入開始から2週間後、4週間後のいずれにおいても、介入群の参加者の7割以上が毎晩プログラムを実践し、全く実践しなかったという参加者はいませんでした。
 さらに、介入前の自殺リスク(希死念慮または自傷念慮あり対なし)、子ども期の逆境体験(1つ以下対2つ以上)で、介入効果に違いがあるかを検討しました。その結果、自殺リスクがない参加者では中程度の効果が認められましたが、自殺リスクがある参加者では介入の効果が認められませんでした。また、子ども期の逆境体験が1つ以下の参加者には大きな介入効果が見られましたが、2つ以上子ども期の逆境体験がある参加者では介入効果が認められませんでした。つまり、精神症状やそれにつながる潜在的な課題を抱える個人よりも、精神症状がない、もしくはあったとしても軽度の個人に対して、ハグビーを用いた呼吸法が効果的である可能性が示唆されました。
 上記の結果から、ハグビーを用いた就寝前3分間の呼吸法は、睡眠の質を改善させる効果があることがわかりました。また、ハグビーを使うことで多くの人が続けやすい介入であり、介入効果も開始2週間から見られることが明らかになりました。一方、精神症状が強い個人には、介入効果がなかったため、睡眠の問題を含む精神症状に対する治療を優先させる、心理師等による介入、薬物治療などの強度が強い介入を選択することが望ましいと考えられます。
【研究成果の意義】
 ハグビーによる3分間の呼吸法は、費用対効果という点で新規性があります。具体的には、以下の4つで有意性があります。第一に、介入に費やす時間は、わずか毎晩3分であり、自宅で簡便に実践できる方法ということです。介入を受ける個人は、ハグビーと呼吸法に使う音声さえあれば、狭いスペースで実践することができます。第二に、ハグビーを使うことで呼吸法の遂行度も高いため、介入の脱落率が低いということです。効果が示されている睡眠に対する心理的・行動的介入に、睡眠に対する認知行動療法(CBT-I)がありますが、脱落率は約15%であるのに対し、本研究の参加者の脱落率は0%でした。第三に、ハグビーによる呼吸法の効果は介入開始から2週間後に現れており、他の心理的・行動的介入よりも短い期間という点です。第四に、ハグビーを用いた呼吸法のやり方さえ説明ができれば、医療スタッフでなくとも介入を提供できるという点です。本研究では、ハグビーによる3分間の呼吸法の実践方法を研究チームが説明しましたが、説明動画を作成することで人が関わらなくとも実践することができます。また、週に1回、SNSを通してリマインドメッセージを送っていましたが、リマインド機能が備わったアプリを開発することで、この問題も解消されます。
 ハグビーを用いた呼吸法は、精神的症状の程度が比較的低い個人においてより効果的であることからも、精神科以外の医療機関に通院する患者を対象とした、非薬物治療として保険適用化を目指すことができると考えられます。また、通院はしていないが睡眠に問題があると感じている個人を対象に(例えば、企業の福利厚生サービスとして)、簡便に個人で取り組める方法として発展させることが期待できます。
【論文情報】
掲載誌:Sleep and Breathing
論文タイトル:The effect of breathing relaxation to improve poor sleep quality in adults using a huggable human-shaped device: a randomized controlled trial
DOI:https://doi.org/10.1007/s11325-023-02858-5
【研究者プロフィール】
藤原 武男 (フジワラ タケオ) Fujiwara Takeo
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
国際健康推進医学分野 教授
・研究領域
公衆衛生学
疫学(社会疫学、ライフコース疫学)
【お問い合わせ先】
<研究に関すること>
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
国際健康推進医学分野 氏名 藤原 武男 (フジワラ タケオ)
政策科学分野 氏名 土井 理美 (ドイ サトミ)
E-mail:fujiwara.hlthtmd.ac.jp
<ハグビーに関すること>
株式会社国際電気通信基礎技術研究所
深層インタラクション総合研究所石黒浩特別研究所
存在感メディアグループ 氏名 住岡 英信 (スミオカ ヒデノブ)
E-mail:sumiokaatr.jp
<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
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株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR) 経営統括部 企画・広報チーム
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